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「バッシング」

B2004年、中東で起こった邦人人質事件。帰国した女性は、”自己責任”を問われ、激しいバッシングを受けていた…というお話です。

題材として、あの著しく不愉快な、私は多忙にいいわけしてあまり詳しく知らなかったが、そのうちあっというまに忘れ去られたところもまた不愉快な例の社会現象を扱った作品。(注意!ドキュメンタリー風ですが、フィクションです。)海辺のコンビナートがあるへんぴな田舎町で上記の事情でおいこまれていく主人公を中心に、映画自体が暗く重く、家族のトレスと閉鎖的な田舎を暗に表現するかのようです。主人公は30前後の独身女性で、帰国後はラブホテルで働くが上記の理由でクビ。父親の田中隆三は30年働いた工場を同じく、希望退職ながら実質は解雇。実の母親は離婚か説明はないけどいなくって、父親はなぜか大塚寧々と再婚しています。

2006年 06月12日 シネ・ヌーヴオ

あくまで家族中心で、マスコミとかTVとか、そして一般世論は顔が出てこないです。近所のバカとかコンビニとかくらい。

昔から私の父親はよく、「世のためひとのため」とか「世間(国)のために」をよく口にしていて、私はそれが嫌だった。個人はそれぞれ、立派なひとや大切なひともいて個性豊かなのに、世間となると矛盾だらけで残酷で、バカで利己的で怠惰なものになるような気がする。いつでもどこの国でも。(この人質問題に関して私はことの是非をいってるのではなく、その世論の動向や対応が問題と思うのです)私は以前は絵に描いたような世論代表みたいな人どこかにいっぱいいて、それが皆に感染するのかと思っていたのですが、最近はそうじゃなくて、集合的人格みたいなのがマスコミやインターネットを介していつのまにか醸成されるんじゃないかと思うようになりました。よく風評被害みたいないいかたをされますが、マスコミも意図してねらっているわけじゃなくて自然とバッシングの方向に流れるんじゃないでしょうか(だからこそ慎重に考慮し場合によっては規制も必要なんでしょうが)。今なら拉致問題ですか、これからの動き。

最初は、当時の一方的な世論を思うと本作の主人公の一方的な被害者描写もありかと思っていたんですが、今思うと主人公にもなんかガンコで変な行動があり、すこしスガメに見える表情からもピントがずれているような描き方、オデンとかマクドナルドの買い食い、親は晩飯準備して待っているのにさ。

父親は少し描写が軽くみえるかもしれませんが、私にはいちばんこたえました。「ボランティアなんてだれにも喜ばれんし、報われもしない。その覚悟があるならいけ、応援しよう」→「あの子には偉そうな事をいいながら自分のことになったら全然駄目だ…死にたくなってくるなあ」パタゴニアのフリースを着ていて、これってけっこう高価だったりするんだがしっかりあったかいのですよ。暖房費をけちるときにはとても有効です。

寒く曇天の田舎町、音は冷たい波音ばかり。きれいな青空をさいきんみていないなあ。ものすごく重く複雑で鬱屈とした状況、それが主人公の複雑な表情に凝縮されているようですが、結局、また日本を出てゆく彼女のようにふっきれればぜんぜん世界は単純で簡単なのかもしれませんねえ。

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